腐女子のちオタク、ときどき日常、ところにより愚痴
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こないだですね、彼氏に

「ブログが研究室や専攻にバレたら困る」
と胃ったらですね、心底不思議そうに
「え?なんで?」
って聞かれてですね。
「いや、普段とテンション違うし、『ホモ万歳』みたいな感じやし」
って答えたらですね。やつは、これまた心底不思議そうに、

「え? それ普段のAちゃんだよね?」

と確認されました。
その件に関しては心底申し訳ないと……!


まぁまぁ、そんなこともありつつ。
ですね。
あんなに楽しみにしていたヱヴァンゲリオン新劇場版の破の公開日が6月27日で、ですね。
次の日が本命試験なのですよ!
公開日に見に行けないではないですか!
見に行けないんですよ!
人生賭けてネタを作るほど豪の者ではないですよ!
こんなこと書くと、「またまたそんなこと言って、『いやあんたはネタのために生きてるやろ』っていうツッコミ待ちなんでしょ?」って思われるかもしれませんが、決して、決してネタのために生きてるわけではないのです。
しかも、このネタはリスクの割にさして面白くもなく。
素直に28日に試験終わった後に見に行くことにします。

いやでも、公開日が近づくにつれて、楽しみから不安に徐々に気持ちが変わって来ていたりします。
序は、マイナーチェンジがあったりしつつも、基本はオリジナルのエヴァにかなり近かったわけですが(作画さんが変わってたので、絵はかなり今どきっぽかったけど)、これからどんどんオリジナルから離れていくわけで。
楽しみな反面、不安というか寂しいというか。
まぁ、それはそれで新しい物語として楽しめば良いんでしょうけど。
ホメオスタシスかトランジスタシスか。


エヴァを好きだって人は(という括りが大きすぎるようであれば私は)、物語としては破綻してしまったTV版の最後を、批判しつつも切って捨てることもできず、痛みを抱えながらも繰り返し見て、崩壊した物語の、そのバラバラに砕けちったカケラの一つ一つに庵野さんの心を見たわけですが、本来物語にはあそこまで監督の想いとか感情とかは見えてはいけないわけで。
画面の向こう側の監督の想いは、その存在を見てる側には感じさせないように、あくまで「登場人物の言葉と心」として描かれるべきものだと思うのです。
でもオリジナルのエヴァは、特にその後半は、庵野さんを意識せずには見れないというか。
愛されたがりで愛したがりで、そのくせ本当に愛したり愛されたりしそうになると恐がって逃げ出そうとするキャラクター達はもう、庵野さんにしか見えなくて。
だから今回のヱヴァが正しく物語として終わったら、その正しい距離を寂しいと思うような気がします。
それはそれで良い事なのでしょう。きっと。
それに、庵野さんの描く『続く世界』を見てみたいとも思うのです。

【2009/04/24 18:32】 | 日本が世界に誇る文化です
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